三輪車の向こう・?

長女と長男が就職し、残すところ東京の大学に通っている次男のみ。

この27年間、長かったようで短かったようで、なんだかよくわからない。それにしてもさまざまなことがあった気がする。

今朝、一週間蓄えていた無精ひげを剃り上げる。新しくなったドレッサーで洗髪もし、薄くなっていく自分の頭部を情けない目付きで睨む。「こんなはずじゃ・・・」と思いつつも、過去を振り返っても仕方がないと自分で自分を慰める。

三輪車に乗っかった幼い頃、なにを見つめていたのか思い出せない。いつまでも帰ってこない母親と父親の帰りを待っていたのか?それとも、自分自身のこれから始まる人生を空想していたのか?当時、母親と父親のいる普通の家庭にあこがれた記憶はある。なぜ、自分にだけいないのか・・・?

それ以来、ずっと家庭にあこがれていた。しかし、どうにも父親像というものがよくわからないでいる。子供に媚を売る父親もいるようだが、どうもしっくりこないし、かといって厳しいだけの父親像も自分には似合っていないと思う。やはり、一人の人間として見守ってやる以外に、自分に父親から受けた経験がないからわからない。

そうだ、一度だけ一緒に釣りに行ったことがある。その時、再婚した女性との間にできた二人の異母弟ばかり釣れ、自分が釣れなかったみじめさと寂しさを思い出す。その時、かなり父親に「釣りの才能がない」と言われ、それ以来、釣りとは無縁である。そんな父親も68歳で死んでしない、残された尊属はおば一人だけになってしまった。

閻魔大王は「浄玻璃の鏡」を持っているという。天国か地獄かを決めるために、生きてきた間の所業をすべて映し出し、それを見て最終判断を下すのだという。かっこいい人生を送れる人はすばらしい。自分のように努力ばかりの人生も価値があると思っているが、それにしてもハードルばかり続くと足も上がらなくなってくる。

若いころはハードルがあっても「なにくそ」と燃えることが出来た。しかし、この年になってはリスクばかりを怖がって、無茶もできなくなっていく。「明るく図々しく」生きてきたつもりだが、どうもカッコ悪い人生を送っている気がしないでもない。

さて、この三輪車にまたがった幼いころの自分、果たして見つめる先には何が待っているのだろう。

 

 

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